← 建築一覧

日本 / 沖縄県 / 那覇市

守礼門

「守禮之邦」の扁額を掲げる、1958年復元の首里城第二の坊門。

竣工
1958年[13]
設計
設計者不詳[4][1]
用途
城門 / 坊門[1][5]
所在地
沖縄県那覇市首里当蔵町3丁目[3]

1527~1555年は尚清王代における原門の創建期で、現存する門の竣工年ではありません。旧門は1945年に基盤・礎石・敷石の一部を残して焼失し、現門の復元工事は1957年に着工、1958年10月15日に落成しました。1936年の解体修理も戦前の旧門に対するものです。[4][1]

1933年に国宝指定されたのは沖縄戦前の旧門です。那覇市の現行指定文化財一覧は、現地の門を「旧首里城守礼門」として県指定の城郭建築(1972年指定)に掲載し、所有者を沖縄県としています。現存する復元門を現在の国宝と表記しません。[4][3]

設計者は不詳として扱います。沖縄県公文書館は森政三について、1957年復元工事の指導監督者と記録しますが、設計者とは記していません。創建時設計者も、確認した公園・県・市資料では特定できません。[4][1][2]

人気度5は来訪者数の推計ではなく編集評価です。JNTOは首里城の「Don't Miss」に守礼門を名指しし、沖縄の観光公式サイトは門自体の意匠・寸法・構成を見どころとして詳述します。門の形や歴史そのものが広域旅行者の訪問理由になる根拠としました。[6][5]

住所欄は、那覇市の個別文化財一覧が「旧首里城守礼門」の所在地として記載する「首里当蔵町3丁目」を採用しました。2021年更新のおきなわ物語は「首里真和志町」、OSMのaddr:quarterタグは「首里金城町」と記しますが、後者は門の登記住所と確認できないため住所として採用していません。公園運営者の現行アクセスページ末尾にある「首里金城町1-2」は管理センターの住所で、門の所在地ではありません。守礼門の対象同定は建物本体のOSM外周と公園公式地図で行い、住所は文化財台帳の表記と分離しています。丁目以下の地番・番地は未確認です。[3][5][8][12][11][10]

見どころ

対象は首里城公園の正殿へ向かう道に立つ守礼門そのものです。尚清王代(1527~1555年)に創建された旧門は沖縄戦で焼失し、現存する門は1958年に復元されました。中国風牌楼形式を取り入れた三間入母屋重層の意匠、琉球赤瓦の屋根、四本柱の足元を固める安山岩の挟石、「守禮之邦」の扁額を間近に見られます。[1][4][5][6][3]

  • 中国風牌楼形式を取り入れた三間入母屋重層の門
  • 琉球赤瓦で葺いた屋根と、中央3.42m・両脇2.26mの柱間
  • 四本柱の基礎を補強する安山岩の挟石と前後の副柱
  • 「琉球は礼節を重んじる国」を表す扁額「守禮之邦」
  • 戦災で焼失した旧門を1958年に復元した、沖縄の象徴的な建築

構造・素材

三間入母屋重層の屋根琉球赤瓦本瓦葺

中国の牌楼の流れをくむ装飾建築。観光案内は、中央柱間を3.42m、両脇柱間を各2.26m、全高を7.05m、初層高を5.11mと記載する。[5]

四本柱・礎石・挟石礎石・安山岩の挟石

四本の柱は礎石上に立ち、柱脚部を方形に組み、安山岩の挟石を基礎から立ち上げて固める。前後には副柱を設けて安定させている。[5]

扁額「守禮之邦」

「琉球は礼節を重んじる国」という意味を示す扁額。守礼門の名称と、首里城の象徴的な門としての役割を伝える。[1][5]

見学

公開施設 · 確認 2026-09-23

首里城公園公式は守礼門を通る「正殿への道」を無料区域として案内しています。一方、門単体の営業時間・時間制限・臨時通行条件は個別に示されていません。城内無料区域の時間表を門の開閉・見学時間として転用せず、訪問日の通行規制は公式のお知らせで確認してください。[1]

行き方公式案内地図で見る

建物位置を照合(入口未照合)。地図のピンは入口を保証するものではありません。 地図ピンは門本体のOSM外周内に置いた代表点で、公開入口・測量点ではありません。公式全体地図は相対位置と名称の照合に使い、数値座標はOSMの当該門本体wayから取っています。

近くの建築

出典・確認状況

基本情報と位置を別々に確認しています。全項目の検証完了を意味しません。

基本情報
一次資料と照合
位置
建物位置を照合(入口未照合)[12][1][8][2]
資料確認日
2026-09-23
  1. 正殿への道首里城公園管理センター · 2026-09-23 · 施設公式の門別解説を実際に開き、「正殿への道」を無料区域とすること、首里杜館から守礼門を通って正殿へ向かう順路、牌楼形式・扁額・別名・創建期1527~1555年・沖縄戦での破壊・現門の1958年復元を確認。旧門の1933年国宝指定と2000円札の図柄採用も説明される。門単体の営業時間は記載されていない。
  2. 首里城公園の紹介沖縄県 土木建築部 都市公園課 · 2026-09-23 · 沖縄県公式ページを実際に開き、公園区域に守礼門を含むこと、門の創建が尚清王代(1527~1555年)と伝わること、公園位置の表記が那覇市首里当蔵町であることを確認。門単体の番地を示す資料とは区別。
  3. 那覇市内指定文化財一覧那覇市 市民文化部 文化財課 · 2026-09-23 · 那覇市公式一覧を実際に開き、県指定欄の「城郭建築・旧首里城守礼門」、指定日1972年5月12日、所在地「首里当蔵町3丁目」、所有者「沖縄県」を確認。掲載表の基準日は2024年8月末。掲載ページは2025年12月24日更新。
  4. 1958年10月15日 守礼門の復元落成式沖縄県公文書館 · 2026-09-23 · 沖縄県公文書館の記録を実際に開き、原門が尚清王代に創建されたとの伝承、1933年の旧国宝指定、那覇市による1936年解体修理、1945年に基盤・礎石・敷石の一部を残して焼失した経緯、1957年着工、1958年10月15日の復元落成式を確認。1936年修理監督の森政三が1957年工事を指導監督したと記し、設計者とは記していない。1972年5月12日の県指定有形文化財登録も確認。
  5. 守礼門沖縄観光情報WEBサイト おきなわ物語 · 2026-09-23 · 門単体の公的観光案内を実際に開き、首里城第二の城門・優美な意匠・16世紀創建という紹介に加え、牌楼由来、三間入母屋重層、琉球赤瓦、各柱間・高さ、柱・礎石・安山岩挟石の構成を確認。情報の最終更新日は2021年11月18日で、住所は那覇市首里真和志町と記載。
  6. Shuri Castle日本政府観光局(JNTO) · 2026-09-23 · JNTO公式旅行案内を実際に開き、「Don't Miss」の個別項目にShurei-mon Gateを掲載し、首里城訪問で見逃さない名所として特定していることを確認。門自体の全国的な観光上の位置づけを評価する根拠とし、構造や現門の竣工年の記述は首里城公園・沖縄県公文書館を優先。
  7. 施設の全体地図首里城公園管理センター · 2026-09-23 · 施設公式の地図ページを実際に開き、全体地図PDFへの案内と、園内に守礼門などの文化財が点在する説明を確認。
  8. 首里城公園 施設の全体地図首里城公園管理センター · 2026-09-23 · 公式PDFを取得し画像として開いて、周辺文化財欄に「守礼門」と明示された対象ラベルを確認。首里城公園の主要施設・門との相対位置を照合した。イラストの案内図であり縮尺・数値座標・守礼門の建物外周は示さないため、座標根拠には用いない。
  9. 休園日、開園・開場時間首里城公園管理センター · 2026-09-23 · 施設公式の現行時間表を実際に開き、城内無料区域の季節時間を確認。時間表の施設例には守礼門が個別列記されていないため、門単体の見学時間には適用せず、個別時間の記載がないことを確認するための資料として記録。
  10. 令和5年度 首里城公園事業年報首里城公園管理センター(一般財団法人沖縄美ら島財団) · 2026-09-23 · 施設運営者の公式年報p.3を実際に開き、首里城公園全体の所在地を〒903-0812那覇市首里当蔵町と記載していることを確認。これは公園の所在地であり、守礼門個体の所在地根拠にはしない。
  11. 交通アクセス首里城公園管理センター · 2026-09-23 · 施設公式アクセス案内を実際に開き、首里城前バス停から守礼門まで徒歩約1分、首里駅から徒歩約15分と案内することを確認。ページ末尾の首里城公園管理センター所在地(首里金城町1-2)は管理センターの住所であり、守礼門の住所には流用しない。
  12. OpenStreetMap API way/168580058/full(門本体の元地物)OpenStreetMap contributors · 2026-09-23 · API原本を取得し、way/168580058がname=守礼門、name:ja=守礼門、historic=city_gate、building=yesであること、首里城公園公式の守礼門ページへつながるwebsiteタグ、addr:quarter=首里金城町、版20・更新時刻2026-01-09T01:53:38Z、建物外周のノード座標を確認。addr:quarterは形式的住所を示す根拠とせず、外周から得た代表点は敷地・首里城・公園の代表座標と区別した。座標データはODbL 1.0。
  13. 正殿への道 守礼門首里城公園 · 2026-09-24 · 施設公式の守礼門節で初建1527~1555年、戦時破壊、現存門1958年復元を明確に区別。
未確認の項目
  • 原門の創建年を1527~1555年の範囲より細かく特定する一次史料
  • 旧門・現門それぞれの設計者を特定する図面・棟札等。森政三は復元工事の指導監督者として記録されるが設計者と確認できない
  • 首里当蔵町3丁目は那覇市の個別文化財台帳に記載された所在地として採用。地番・番地までの現住所を示す登記・住居表示資料は未確認
  • 1958年以降の現門の修理履歴と現存部材の年代・範囲
  • 公式案内図は模式図であり、測量座標・建物外周を示さない。座標は門本体のOSM地物との照合まで